DXによる攻めの契約管理実践編(3)契約管理段階のDX
契約プロセスには作成・締結・管理の3つの段階があり、攻めの契約管理を実践するためには各段階に即したDXが必要になります。本記事では、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の宮川賢司弁護士が、契約管理段階における主な課題とその解決策について解説します。
「DXによる攻めの契約管理実践編(1)契約作成段階のDX」で解説したとおり、契約プロセスには、主に①作成段階、②締結段階、③管理段階の3つの段階があり、各段階におけるDXが必要となります。本記事では、③管理段階のDXに着目し、よく聞かれる以下4つの課題とそれぞれの解決策について検討します1。
契約管理段階のDXの課題
課題1:契約情報が分散している。
課題2:税務会計部門との連携が難しい。
課題3:サイバー攻撃に伴う成りすましリスク等に不安がある。
課題4:コロナ禍も落ち着いてきたのでDX対応の優先度が低い。
課題1:情報の分散
1. DXの活用余地
下記のとおり、課題1こそDXの活用によりバラバラになっている契約データをフル活用する余地が大きいといえます。
締結済み契約の履⾏管理等
DXにより、法務部等の管理部門のみならず営業部も含めて全部門が締結済み契約及びその履行管理にアクセスできるようにすることができます。
これにより、これまで担当者の記憶に頼って行ってきた締結済み契約の履行管理・更新管理等を可視化することができ、人為的ミスを減らすことができます。
契約のデータベース化
過去の締結済み契約等をデータベース化した上で、AI等を活用することにより新規契約作成作業を効率化することができます。
上記により蓄積されたデータベースは、仮に相手方が契約ドラフトを作成することになったとしても、当該契約をレビューする際の指針となります。自社においてよく取り扱う契約(例えば、業務委託契約や秘密保持契約等)については、過去の契約をデータベース化するのみならず、自社に有利な契約を雛型として社内共有し、今後の契約作成・レビューに役立てることで不利な契約を締結するリスクを減らすことができます。
更に、契約をデータベース化することにより、人事異動等があっても過去の契約ノウハウを共有しやすくなります。但し、契約データに依存するだけでは交渉の場面で相手方に説得的な主張をすることが難しいため、定期的な社内教育等により契約データや雛型等の理解を深める必要があります。
2. ガバナンス向上
更に、DXは契約データのデータベース化のみならず、下記のとおりガバナンス向上にも有益であると考えられます。
DXの進展により、オンライン会議・電子メールのやりとり等、各社の役職員の行動はデジタル技術を活用することにより可視化することができます。その中で、不自然なコミュニケーション等があれば不正検知の端緒とすることができます。
上記の社内外におけるコミュニケーション情報に加えて、経費精算等の経理会計情報もデータ化してそれらを突合することにより、人為的なレビューでは追いつかない量のデータを処理しつつ不正検知に役立てることができます。
課題2:税務会計対応
1. バックオフィスDXの方向性
契約業務を含む法務DXが進んだとしても、税務会計部門との連携がうまくいかないと、結局紙の業務に逆戻りすることになりますので、税務会計部門との連携が重要となります。この点は、下記のとおり税務会計分野それぞれについて特有の問題がありますが、全ての事項を自社で調べて対応することは難しい現実がありますので、外部知見を最大限活用することによって税務会計DXを進めることができます。
2. 税務DXの現状
税務DXを考える場合、「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(平成10年法律第25号)」(いわゆる、「電子帳簿保存法」)の対応が重要となります。
契約や請求書、領収書等を最初からデジタルデータでやりとりする場合、電子帳簿保存法における「電子取引」に該当し、主に下記の要件が充足されているか否かが問題となります。
検索機能の確保2 下記の観点から、契約や請求書領収書等のデジタルデータ(以下「契約データ等」)に関する検索が可能な状態にする必要があります。
取引年月日その他の日付、取引金額及び取引先を検索の条件として設定することができること。
日付又は金額に係る記録項目については、その範囲を指定して条件を設定することができること。
二以上の任意の記録項目を組み合わせて条件を設定することができること。
真実性の確保3 下記いずれかの方法により、契約データ等の記載内容が真実であること(改ざん等がないこと)を確保する必要があります。
契約データ等の作成時にタイムスタンプ*を付す
契約データ等の受領後速やかにタイムスタンプを付す
契約データ等の訂正削除を行った場合にその記録が残るシステム又は訂正削除ができないシステムを利用して、契約データ等の授受及び保存を行う
契約データ等の訂正削除の防止に関する事務処理規程(社内規程)を策定、運用及び備付けを行う
上記検索機能・真実性の要件確保については、契約データ等を作成する作業以外の手作業を可能な限り排除して対応することが望ましいといえますので、上記検索機能・真実性の要件確保にも対応する形で自社の文書作成ワークフローを確立する必要があります。
*タイムスタンプとは、「ある時刻にその電子データが存在していたことと、それ以降改ざんされていないことを証明する技術」をいいます(詳細は総務省「タイムスタンプについて」を参照)。
3. 会計DXの現状
会計DXとの関係では、2023年10月から開始された、適格請求書(インボイス)制度4を理解する必要があります。
「適格請求書(インボイス)」とは、物品やサービスのやりとりに課される消費税に関連して、当事者(事業者)間で正確な適用税率や消費税額等を伝えるための手段」であり、「適格請求書(インボイス)」制度はそのような適格請求書の要件等を定めるものです。
適格請求書(インボイス)制度においては、必ずしも適格請求書をデジタルデータで作成することが求められてはいませんが、一方でバックオフィスDXの観点からは適格請求書をデジタルで作成することが望ましいので、例えばデジタルインボイス(Peppol e-invoice)5等が推奨されています。
上記を踏まえて、会計DXについては下記のようなアプローチが考えられます。
業務効率化の観点からは、デジタルインボイスを活用することにより、請求書や領収書等の会計書類についても完全DXを実現することが望ましいといえます。
近時は、上記のような業務効率化の観点に加えて、AI活用等により社内外の不正を検知するサービス等も登場しています。会計DXを進めることで社内外のやりとりを可視化することで、各社のガバナンス向上にも資することになります。
課題3:サイバー攻撃リスク
サイバー攻撃対策(一般論) 例えば、「情報セキュリティ10大脅威 2024」(独立行政法人情報処理推進機構)においても紹介されているとおり、わが国においてもランサムウェア等によりサイバー攻撃の被害は現実化しています。従いまして、「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」等を活用した一般的なサイバーセキュリティ対策を実施する必要があります。
サイバー攻撃対策(契約DX関連) しかし、上記のようなサイバー攻撃対策(一般論)については、契約DXに限らず、企業がホームページや電子メールを利用する限りは必ず対応が必要なことですので、契約DXの足枷にはならないはずです。契約DXに限って言えば、例えば相手方企業担当者の電子メールアカウントが一時的に乗っ取られるリスク等が考えられますが、このようなリスクについては下記のとおりデジタルとアナログの両面から防御することが確実です。
デジタル面では、上記に紹介したようなサイバー攻撃対策(一般論)を実施することが重要です。
アナログ面では、①契約締結前の交渉、②締結済み契約の共有、③契約締結後の履⾏⾏為の確認等の各場面において、電子メール等に過度に依存せず、例えば電話、Web会議、対面会議等のアナログ手段を併用することにより、犯罪者等によるアカウント乗っ取りや成りすましリスクを排除することができます。
課題4:優先度低下
2020年以降のコロナ禍が一段落し、在宅勤務からオフィス勤務への回帰が見られます。そのような状況では紙の契約書に押印することも容易であるため、「契約DXを無理に進めなくてもよいのでは」という考え方が出てきます。しかし、下記のとおりDXの潮流は契約DXに限らず全方面にて進んでいますので、この潮流を理解すればDXを止めることができないことが理解できます。
行政DX
オンラインで行政手続を完結させるためのサービスであるe-Gov電子申請の普及により、大半の行政手続はDX対応が完了しています。
商業登記申請・不動産登記申請等もDX対応が加速しています。但し、現状では成りすましリスク排除のために利用できる電子署名の範囲に限定があるため、使い勝手の改善が期待されます。この点例えば、商業登記電子証明書(法人の正式な電子証明書)やマイナンバーカードによる認証の活用や、オンラインで完結可能な本人確認方法(いわゆるeKYC)6の活用等により、電子署名の利用範囲を拡大することが考えられます。
商業登記電子証明書については、代表印のデジタル版であり信頼性が高いと言えますが、契約DXへの活用が進んでいない現状があります。この点、「2025年度中に運用開始予定の次期電子認証システムにおいて、リモート署名方式を導入する方向で、デジタル庁及び法務省において仕様の詳細等を検討している」とのことですので、商業登記電子証明書の利便性が向上し契約DX等に広く活用されることが期待されます7。
司法DX
民事裁判書類電子提出システム(mints)により、民事裁判のDXは運用が開始されています。
現状では、準備書面・書証の写し・証拠説明書等、これまでファクシミリで提出することが許容されていた書面のオンライン提出が可能とされています。今後、電子契約の普及により、電子契約等の電子データ自体が証拠として提出される事例が増加するものと思われます。
更に、「民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続の見直しに関する要綱案」(2023年1月20日)も決定されており、民事裁判のみならず民事執行等についてもDXが進むことが想定されます。
営業DX
2020年のコロナ禍及びデジタル庁発足以降、デジタル庁を中心にしてDXの阻害要因が検証されました。その結果、わが国においては主に7項目(①目視規制、②定期検査・点検規制、③実地監査規制、④常駐・専任規制、⑤書面掲示規制、⑥対面講習規制、⑦往訪閲覧・縦覧規制)のアナログ規制が存在し、これらがDXを阻害していることが判明しています。そこで、例えばデジタル規制改革推進の一括法(2023年6月成⽴)により、上記7項目のアナログ規制の緩和が進展しています8。
この点、デジタル庁は「アナログ規制の見直し状況に関するダッシュボード」により、上記のようなアナログ規制緩和の進展状況を公開しています。これによれば、2024年9月時点で、規制緩和予定の6404点のうち6142点(約 95%)の規制緩和を完了しており、これらの規制緩和による総合的な経済効果は約3.6兆円と推計されています。
上記のような規制緩和を追い風として、各企業としてはAI技術やドローン技術等を活用して本業のビジネス自体をDXの観点から見直して新規製品やサービスを開発することにより各社の成長政略を練り直す必要がでてきています。そのように考えると、法務部門も契約DXを積極的に後押しすることで、全社的なDXを後押しすることが求められます。
参照: 1 宮川賢司『電子署名活用とDX』(一般社団法人金融財政事情研究会、2022) 2「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和6年6月国税庁)」問15、問42等 3「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和6年6月国税庁)」問27等 4 「(令和6年12月改訂)適格請求書等保存方式の概要‐インボイス制度の理解のために‐」 5 デジタル庁「JP PINT」 6 金融庁「犯罪収益移転防止法におけるオンラインで完結可能な本人確認方法に関する金融機関向けQ&A」 7 「規制改革推進会議第11回 共通課題対策ワーキング・グループ(2023年5月8日開催)資料4論点に対する回答(法務省・デジタル庁作成)」、「論点2商業登記に基づく電子認証制度について」への回答2 8 デジタル庁「デジタル社会の形成を図るための規制改革を推進するためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律案」
1997年、慶應義塾大学法学部卒。2000年、司法修習(52期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2000年から2014年まで田中・高橋法律事務所(現事務所名 クリフォードチャンス法律事務所)勤務。2004年、英国University College London (LL.M.)修了。2014年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2019年、慶應義塾大学法学部非常勤講師(Legal Presentation and Negotiationを担当)。主に電子署名等のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関連する業務や、気候変動・カーボンクレジット等のグリーントランスフォーメーション(GX)に関連する業務を取り扱う。DX関連では、金融機関や事業会社を含め、多数のDX関連業務のサポートを行う。主な著書は、「電子署名活用とDX」(きんざい、2022年)等。