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DXによる攻めの契約管理実践編(2)契約締結段階のDX

Author 宮川 賢司
宮川 賢司アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 スペシャル・カウンセル弁護士
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契約プロセスには作成・締結・管理の3つの段階があり、攻めの契約管理を実践するためには各段階に即したDXが必要になります。本記事では、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の宮川賢司弁護士が、契約を締結する段階における主な課題とその解決策について解説します。

      • 課題1:押印要求への解決策
        • 課題2:リスク管理
        • 課題3:海外契約DX

      目次

      DXによる攻めの契約管理実践編(1)契約作成段階のDX」で解説したとおり、契約プロセスには、主に①作成段階、②締結段階、③管理段階の3つの段階があり、各段階におけるDXが必要となります。本記事では、②契約締結段階のDXに着目し、よく聞かれる以下3つの課題とそれぞれの解決策について検討します

      契約締結段階のDXの課題

      • 課題1:相⼿方企業に紙の契約書への押印を要求される。

      • 課題2:電子契約によるリスク管理に不安がある。

      • 課題3:海外契約について電子契約で対応してよいか不安がある。

      課題1:押印要求への解決策

      1. 押印の多様性

      押印には100年以上の歴史がありますので、その歴史及びこれまでの実務を踏まえて貴社の相手方企業が紙と押印を要求してきたとしても不思議なことではありません。 しかし、押印といっても様々な種類の印鑑による押印がありますので、これを改めて検討してみる価値があります。企業取引(BtoB)において利用される代表的な押印の種類は、例えば以下のようなものがあります。

      1. 代表印(実印):法人の代表者(株式会社の代表取締役など)の印鑑であり、法務局に登録されているものをいいます。代表印には以下の特徴があり、信頼性が高いといえます。

        1. 公的機関である法務局が発行する印鑑証明書と照合することにより、代表印により押印された印影の真偽の確認が可能です(但し、印影偽造リスクは残ります)。

        2. 一般的に、代表印は会社の管理部門(法務部・総務部等)によって厳重に管理されていることが多いため、代表印押印があれば当該契約が然るべき権限者により押印されたことが推測されます(但し、各社における代表印の管理状況によって異なります)。

      2. 認印:代表印以外のものを総称していいます。認印の代表例としては、以下のようなものがあります。認印は、印鑑証明書が発行されずかつその保管状況もケースバイケースであるため、その信頼性は個別事案によって異なるといえます。

        1. 銀⾏印:銀⾏等の⾦融機関に印影の届出をしている印鑑をいいます。

        2. 角印:押印された印影が四角の印鑑(会社名のみが記載されたもの)をいいます。

        3. 部⻑印等:「●部⻑」のように特定の役職のみを表示する印鑑をいいます。

        4. 担当者印(三文判):従業員の名字のみを表記する印鑑をいいます。

      2. 押印の機能

      上記のとおり押印の種類は多種多様ですが、法人間契約(BtoB)の契約締結局面における押印の機能を改めて考えてみると、主に下記3つの機能があると考えられます。

      1. 最終意思確認機能

        1. 押印する者は、押印前に書類の内容に異存がないか確認すると思われるので、押印は契約当事者の最終意思といえる場合が多いと思います。

        2. 上記を踏まえると、事後的にみて押印がなされた書類があれば、契約当事者の最終意思が確認できるといえます。

        3. 契約当事者の押印時の意思を確実に証拠として残すため、複数ページある契約書であれば袋とじ・割印がしてあればより確実であるといえます。

      2. 本人確認機能

        1. その印影があることにより、契約当事者本人が押印したことが確認できます。

      3. 権限確認機能

        1. その印影があることにより、押印をアレンジした役職員が契約当事者(法人)を正式に代理する権限があることが確認できます。

      3. 異なる種類の押印の機能

      上記のとおり押印は多種多様ですが、一般論として、代表印及び認印の機能を整理してみると、下記のように考えられます。

      4. 押印のリスク

      上記のとおり押印の機能は様々であり、かつ下記のような問題点もあります。従いまして、押印にこだわる相手方であっても、これまで認印で対応してきた契約について事業者型電子署名で対応することは抵抗が少ないと考えられます。

      1. 利用される印鑑の種類により機能の強弱がある

      2. 印影偽造のリスクは存在する

      3. 紛失破損等のリスクは存在する

      5. 事業者型電子署名の証拠力

      一方、電子署名及び認証業務に関する法律(以下「電子署名法」といいます。)に基づく事業者型(立会人型)電子署名(以下、単に「事業者型電子署名」といいます。)の証拠力に関する整理も進んでいます。概略、下記のとおり分類できます。

      1. 2条電子署名 電子署名法2条1項の適用がある事業者型電子署名を、便宜的に「2条電子署名」といいます。各社の運用状況等にもよりますが、一般的に、2条電子署名は概ね認印に類似する機能を有するものと評価できます。 電子署名法2条1項の規定は、以下のとおりです。 第二条 この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。 一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。 二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。

      2. 3条電子署名 電子署名法3条の適用がある事業者型電子署名を、便宜的に「3条電子署名」といいます。各社の運用状況等にもよりますが、一般的に、3条電子署名は概ね実印に近い機能を有するものと評価できます。但し、「課題2:リスク管理」の「2. 法人間電⼦契約(BtoB)における法的リスク」に記載している「無権限リスク」への対応は別途必要であると考えられます。 電子署名法3条の規定は、以下のとおりです。 第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

      6. 電子署名法2条1項

      2020年のコロナ禍において電子署名のニーズが高まる中、2020年7月に、法務省等から「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(以下「2条Q&A」といいます。)が公表されました。結論として、下記要件が充足されれば電子署名法2条1項が事業者型電子署名に適用される可能性があることを述べています。

      「利用者が作成した電子文書について、サービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化を行うこと等によって当該文書の成立の真正性及びその後の非改変性を担保しようとするサービスであっても、技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されていると認められる場合であれば、「当該措置を行った者」はサービス提供事業者ではなく、その利用者であると評価し得るものと考えられる。」

      7. 電子署名法3条

      電子署名法3条はいわゆる推定効という強い効果を認めるものですので、事業者型電子署名の安心感を高めるために、電子署名法3条の適用関係を明確化するニーズが高まっていました。そこで、2020年9月に、法務省等から「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)」(以下「3条Q&A」といいます。)が公表されました。3条Q&Aの内容は多岐に渡りますが、特に下記2点が注目されます。

      • 3条適用の前提として、「固有性の要件」(すなわち、暗号化等の措置を行うための符号について、他人が容易に同一のものを作成することができないと認められること)が必要であると述べられていること(問1回答)

      • 「固有性の要件」の具体例として、例えば、2要素認証(異なる2つの要素による認証)が挙げられること(問2回答)

      従いまして、事業者型電子署名について電子署名法3条の適用が認められためには、2要素認証が重要な要素になると考えられます。

      8. 事業者型電⼦署名の種類と各機能の強弱

      押印と比較した場合の事業者型電子署名の各機能につきましては、各社による事業者型電子署名の運用状況等にもよりますが、概ね下記のとおり整理できます。

      上記のとおり、2条電子署名であっても認印程度の機能を有すると思われますので、まずはこれまで認印で対応してきた契約から2条電子署名で対応することが考えられます。

      課題2:リスク管理

      1. 事例検討

      課題2は、自社のリスク管理として事業者型電子署名をどのように活用したらよいかという疑問です。この点、下記図のとおり、貴社Xが相手方Y社(日本法人)との契約(日本法準拠)について事業者型電子署名を用いて締結し、Y社の事業者型電子署名は法務部のE又は営業部のFが行うものと仮定して検討します。

      2. 法人間電⼦契約(BtoB)における法的リスク

      法人間電⼦契約(BtoB)の法的リスクは、主に下記2点に集約されまます。

      1. 成りすましリスク 「電子署名⾏為者(上記事例のE又はF)以外の者が⾏為者に成りすますリスク」のことをいいます。

      2. 無権限リスク 「電子署名⾏為者本人(上記事例のE又はF)が当該電子署名を⾏ったとして、当該⾏為者が無権限で電子署名を⾏うリスク」のことをいいます。

      3. リスク管理のための3つのアプローチ

      上記リスクを管理するためには、例えば、下記3つのアプローチの全部又は一部を採用することが考えられます。

      1. 契約類型化アプローチ 「①契約⾦額、②相⼿方との信頼関係の有無、③個人情報等の機密情報の有無等を踏まえて契約をリスクに応じて類型化し、各類型に適切な電子署名を用いるアプローチ」をいいます。

      2. 総合証拠化アプローチ 「契約締結時の電子署名のみならず、契約締結前後の事情(例えば、契約交渉過程の電子メールのやりとり等)を総合的に証拠化することで2条電子署名の利用範囲を拡大するアプローチ」をいいます。

      3. ハイブリッドアプローチ DX過渡期の対応として、「事前に紙と押印により電子契約締結プロセスに両当事者が合意し、個別契約を電子契約で締結するアプローチ」をいいます。

      4. 契約類型化アプローチの具体例

      契約類型化アプローチにおいては、過去の契約を振り返り、下記のような「高リスク契約」と「低リスク契約」に分類します。

      その上で、「高リスク契約」については下記赤字のとおり慎重な対応を採用し、「低リスク契約」については下記青字のとおり効率性を重視した対応を採用します。

      なお、相手方が法人ではなく個人(自然人)との電子契約(BtoC)の場合においては、法人の裏付けがないためいわゆる身元確認(運転免許証・パスポート等の確認)のニーズは⾼まるといえます。しかし、契約のリスクレベルにもよりますので、過去に紙と押印で対応していた頃との一貫性ある対応が現実的であると考えられます*

      *個人(自然人)との電子契約(BtoC)において「無権限リスク」を検討する場合、法人間電子契約(BtoB)とは異なったアプローチが必要ですが、BtoC特有の問題として相手方の行為能力等に注意が必要です。

      課題3:海外契約DX

      1. 選択と集中

      海外契約は、契約準拠法や相手方の所在地等において海外の要素を含む契約をいいますが、各社の事業内容によっては複数の国の法令を検討する必要が発生する可能性があります。その場合、関連する全ての海外法令を同時に検討することは時間と費用がかかりますので、自社にとって優先順位が高い国でかつDXの制約が少ないと一般的に理解されている国(例えば、英米法諸国)から検討することが考えられます。

      2. 準拠法及び裁判管轄地の決定

      1. 上記プロセスで検討対象国が絞られた後は、更に検討範囲を絞るために、海外契約において可能な限り準拠法及び裁判管轄地は一つの国に揃える方が望ましいといえます。

      2. その上で、当該準拠法の資格を有する弁護士に電子契約の有効性や証拠力について確認することになります。なお、契約相手方の主な財産が別の国に存在する場合等においては、契約準拠法以外の財産所在地法も検討する必要が生じる場合があります。

      3. 電⼦契約(海外契約)に関する論点

      1. 上記検討を踏まえて適用準拠法において電子契約の有効性及び証拠力に大きな問題がない前提で、「課題2:リスク管理」で解説した「リスク管理のための3つのアプローチ」は海外契約においても有用であると考えられます。

        1. 契約類型化アプローチ:海外契約においても「高リスク契約」は慎重に、「低リスク契約」については効率性重視というアプローチは合理的です。

        2. 総合証拠化アプローチ:海外契約においても、契約交渉過程の電子メール等はリスク管理手法として活用できます。

        3. ハイブリッドアプローチ:海外契約においても、基本契約や権限証明書(Certificate of Authorized Signatories)のみ従来方式(サイン頁をPDFで交換するPDF交換方式等)で⾏い、その後の契約を電子署名によりDXすることが考えられます。

      2. 合理的なリスク管理

      海外契約においては、サイン頁をPDFで交換するPDF交換方式等が用いられることが多く、必ずしも公的なサイン証明(例えば、署名者のパスポートの写し)を常に確認するとは限りません。そうだとすると、海外契約をDXしたとしても、従来型のPDF交換方式と同程度にリスク管理がなされていれば足りると整理する方向性もありえます。但し、現地法や実務において電子契約の有効性や証拠力が不透明な国もありますので、その場合は電子署名の活用範囲を慎重に見極める必要があります。

      参照: ・宮川賢司『電子署名活用とDX』(一般社団法人金融財政事情研究会、2022) ・利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により 暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A|総務省、法務省、経済産業省 利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により 暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A (電子署名法第3条関係) |総務省、法務省、経済産業省 AMT NEWSLETTER 電子署名を活用したデジタル化の最新事情及び今後の課題 |アンダーソン・毛利・友常法律事務所 ・佐々木 毅尚・久保 光太郎編著「電子契約導入ガイドブック[海外契約編]」(商事法務、2020)

      Author 宮川 賢司
      宮川 賢司アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 スペシャル・カウンセル弁護士

      1997年、慶應義塾大学法学部卒。2000年、司法修習(52期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2000年から2014年まで田中・高橋法律事務所(現事務所名 クリフォードチャンス法律事務所)勤務。2004年、英国University College London (LL.M.)修了。2014年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2019年、慶應義塾大学法学部非常勤講師(Legal Presentation and Negotiationを担当)。主に電子署名等のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関連する業務や、気候変動・カーボンクレジット等のグリーントランスフォーメーション(GX)に関連する業務を取り扱う。DX関連では、金融機関や事業会社を含め、多数のDX関連業務のサポートを行う。主な著書は、「電子署名活用とDX」(きんざい、2022年)等。

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