デジタル遺言制度で「遺言書」はどう変わる? 現状のルールと今後の展望とは
「遺言書」は、現行法において電子的に作成することは認められていませんが、現在、内閣府の規制改革推進会議ではデジタル遺言制度の導入に向けた検討が進められています。本記事ではデジタル遺言制度について、現行法のルールを踏まえつつ、今後の展望を解説します。
相続対策の有力な選択肢である「遺言書」は、現行法では電子的に作成することは認められていません。しかし、内閣府の規制改革推進会議では、自筆証書遺言のデジタル化(デジタル遺言制度)に向けた検討が2022年から進められています。遺言書のデジタル化が解禁されれば、敷居の高いイメージがある遺言書の作成が、今後はいっそう身近なものとなるでしょう。本記事では、政府によって導入が検討されているデジタル遺言制度について、現行法のルールを踏まえつつ、今後の展望を解説します。
遺言書とは
近年、政府内で導入検討が進められている「デジタル遺言制度」。遺言書を電子的な方法で作成・保管できる制度のことですが、そもそも「遺言書」とはどのような文書なのでしょうか。
遺言書とは、自分(遺言者)が死亡した際の遺産の分け方などを記した書面です。遺言書によってあらかじめ遺産の分け方を指定することで、相続トラブルを予防する効果が期待できます。
また、遺言書には以下の事項を定めることも可能です。
遺言執行者の指定
遺産分割を禁止する旨
子の認知
未成年後見人の指定
推定相続人の廃除
付言事項(法的拘束力のないメッセージ)など
遺言書は、民法で定められた方式に従って作成しなければなりません(民法960条)。民法所定の方式に従わずに作成された遺言書は、全体が無効となります。
特殊な条件においてのみ認められる例外を除き、民法で認められた遺言書の方式は以下の3種類です。
①自筆証書遺言(民法968条)
遺言者が全文・日付・氏名を自書して作成します。相続財産目録に限り、例外的に自書が不要とされています。
②公正証書遺言(民法969条)
証人2名以上の立会いの下で、公証人が作成します。
③秘密証書遺言(民法970条)
遺言書の証書を封印した上で、本人・証人2名・公証人が封書に署名・押印をして作成します。
政府内で検討が進む「デジタル遺言制度」とは
デジタル遺言制度とは遺言書を電子的な方法で作成・保管することを認める制度のことで、近年、政府内で導入が検討されています。現時点では、デジタル技術を活用した遺言書の作成は認められていません。
前述の通り、法的効力のある遺言書は3種類ありますが、「自筆証書遺言」は全文の自書が必要となり(相続財産目録を除く)、「公正証書遺言」も書面として作成されます。「秘密証書遺言」はワープロソフト(Microsoft Wordなど)によって証書を作成することもできますが、印刷した上で封書を作成しなければなりません。
しかし、電子契約の普及をはじめ、近年では法律文書のデジタル化が急速に進展しています。遺言書についてもこうした社会的動向を受けて、政府内でデジタル化の検討が進められている状況です。内閣府が設置している規制改革推進会議のデジタル基盤ワーキング・グループでは、2022年に計6回にわたって会議を開催しました。そのうち第2回会議において、デジタル遺言制度の導入に関する議論が行われました。詳細は、内閣府Webサイトに掲載されている議事録で確認できます。
デジタル遺言制度のメリット
デジタル遺言制度の主なメリットとしては、以下の各点が挙げられます。
専門家の遠隔サポートを受けやすい
形式不備による遺言無効のリスクが減る
遺言書の適切な保管が容易になる
1. 専門家の遠隔サポートを受けやすい
書面による作成が必須とされている現行の遺言制度では、弁護士などの専門家へアクセスしにくい地域に居住している人が、遺言書の作成についてサポートを受けにくいという問題点が指摘されています。特に自筆証書遺言については、全文・日付・氏名が自書されたことを確認しなければならず、さらに遺言能力(遺言をできるだけの判断能力)があるかどうかについてもチェックする必要があります。そのため、自筆証書遺言の作成サポートを専門家に依頼する際には、対面でのやり取りを求められるケースが多いのが実情です。
デジタル遺言制度が導入されると、本人による自書が不要となり、さらにオンライン上で遺言能力の確認等が行えるようになり、リモートで専門家によるサポートを受けやすくなります。その結果、弁護士などの専門家が少ない過疎地域においても、適式に遺言書を作成できるケースが増えると考えられます。
2. 形式不備による遺言無効のリスクが減る
自書による作成が義務付けられている現行制度上の自筆証書遺言は、本人の知識不足やケアレスミスによって無効となってしまうケースがあります。
デジタル遺言制度が導入された場合、オンラインで行われる形式審査に通過した遺言書は、適法な方式によって作成されたものと認められる可能性が高いと考えられます。あるいは、オンライン上の指示に従って内容を入力すれば、法律上の形式に沿った遺言書が出力されるような仕組みが整備されるかもしれません。
いずれにしても、デジタル遺言制度の導入によって、形式不備による遺言無効のリスクを減らす期待が見込めます。
3. 遺言書の適切な保管が容易になる
自筆証書遺言の保管に関しても、デジタル遺言制度の導入によるメリットがあると考えられます。
現行制度上、作成した自筆証書遺言の保管方法は、大きく分けて以下の2通りです。
遺言者が自分で保管する(家族や金庫などに預ける場合を含む)
法務局の遺言書保管所に預ける
自筆証書遺言の保管に関して、最も強く懸念されるのは紛失・改ざん等のリスクです。法務局の遺言書保管所に自筆証書遺言の原本を預ければ、それらのリスクを回避できます。
しかし法務局に行くのが面倒、手数料がかかる、そもそも制度を知らないなどの理由から、自筆証書遺言を自分で保管しているケースも多いところです。この場合、紛失・改ざん等のリスクが懸念されます。
デジタル遺言制度が導入されれば、遺言書の原本ファイルはオンライン上で保管されます。保管システムにおいて、本人確認・意思確認・改ざん防止等のプロセスが組み込まれれば、自筆証書遺言の紛失・改ざん等のリスクも大幅に抑えられるでしょう。
デジタル遺言制度の導入における課題
デジタル遺言制度の導入にあたっては、遺言書が本人の真意に基づくものであること(=真意性)をどのように確保するかが課題として挙げられています。本人確認や電子署名の真正性などについては、既存の電子署名サービス等において導入されている仕組みを用いた解決が期待されます。
その一方で、遺言書の内容決定について第三者が不当に関与するケース(例:一部の相続人が圧力をかけて、自分に有利な遺言書を作成させる)もあります。こうしたケースにつき、電子的に作成される遺言書の「真意性」をどのように確保するかは、今後の大きな検討課題の1つです。
まとめ
日本におけるデジタル遺言制度はまだ導入の検討段階で、具体的な制度内容は決まっていません。高齢化のさらなる進行が確実であり、遺言書についての関心もいっそう高まることが予想される中で、デジタル遺言制度に対する期待は大きく膨らみます。従来の制度を抜本的に変更するものなので、慎重な検討が必要となる一方で、デジタル化の取り組みは今後も進んでいくでしょう。
ゆら総合法律事務所・代表弁護士(埼玉弁護士会所属)。1990年11月1日生、東京大学法学部卒業・同法科大学院修了。弁護士登録後、西村あさひ法律事務所入所。不動産ファイナンス(流動化・REITなど)・証券化取引・金融規制等のファイナンス関連業務を専門的に取り扱う。民法改正・個人情報保護法関連・その他一般企業法務への対応多数。同事務所退職後、外資系金融機関法務部にて、プライベートバンキング・キャピタルマーケット・ファンド・デリバティブ取引などについてリーガル面からのサポートを担当した。2020年11月より現職。一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。弁護士業務と並行して、法律に関する解説記事を各種メディアに寄稿中。