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「TNFD」にみる生物多様性とサステナビリティ

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企業のサステナビリティ関連の情報開示において、昨今「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」が大きな注目を浴びています。本記事では、TNFDとは何か、設立の背景や取り組み方(「枠組み」と「開示方法」)、今後の展望などを詳しく解説します。

目次

様々な種類の植物が生い茂るジャングル

企業のサステナビリティ関連の情報開示において、大きな注目を浴びているTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)。TNFDは、施策や情報開示を通じて企業が地球の生物多様性を豊かにしていく取り組みといえますが、なぜ今、TNFDへの関心が高まっているのでしょうか。また、企業には具体的にどのような対応が求められているのでしょうか。

本記事では、TNFDが必要とされている理由から取り組み方、今後の展望まで詳しく解説。国内外の先駆的な取り組み事例も紹介します。

TNFDとは? 

TNFDとは、企業が事業を通じて自然に及ぼす影響、リスク、機会、生物多様性への配慮を可視化し、自社の報告書やWebサイトで開示するための枠組みおよびその運営機関です(※1)。2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で着想され、2020年に国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英国の環境NGOグローバル・キャノピーの4機関が非公式の作業部会を立ち上げた後、2021年に公式に発足しました。テスト期間を経て2023年9月にフレームワークが発表され、今大きな注目を浴びています(※2)。TNFDは、The Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)の略で、日本でも「TNFD」のみで呼ばれることが多いです。

TNFDができた背景には、「気候変動対策に関する問題だけでなく、自然資本や生物多様性に関しても情報開示を求めたい。それによって、生物多様性保全の状況を改善したい」という関係者や関係団体の思いがあります。実際、人類の活動が大きな原因となって、野生の哺乳類の83%、全植物の50%が絶滅した過去があり(※3)、企業活動は自然界に悪影響を及ぼすリスクを抱えています。また、ほとんどの企業の経済活動は大気、水、森、鉱物などの自然資本に依存しており、生物多様性の維持は企業が事業を続ける上でも必要不可欠です。

気候変動により森林火災などが世界各地で起こり、生物多様性が急速に失われている現実も見逃せません。2023年夏、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が記者会見で使った「地球沸騰化」という言葉が象徴するように今、気候変動がより深刻になっており、気候変動も生物多様性の問題も対策が急務となっています。

そこで、TNFDによって企業活動の自然への依存・影響・リスク・機会などを開示し、企業が活動を通じて自然を破壊するのではなく、逆に回復を増やす「ネイチャー・ポジティブ」に向かうことを目指しています(※4)。

TNFDとTCFDは、どこが違うの? 

今回のテーマである「TNFD」と2015年に発足した「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)では、焦点となる課題と指標が異なります。TCFDの課題は気候変動で、温室効果ガス排出量という統一した指標のもと、気候変動に関連する機会とリスクの情報開示を企業に対して要請する動きです。これに対して、TNFDの課題は生物多様性で、測定する自然環境が場所によって異なるため一定の指標で測ることが難しいケースも多々あります。そのため、個別の自然環境の特性も重視して測定した上での情報開示を求めています。

一方で、TNFDはTCFDの動きに続いた形となっているため、情報開示の手法に関しては共通点が多くあります。気候変動対策が企業の取り組みのスタンダードになりつつある今、TNFDはTCFDに続く一手として注目が高まっており、多くの企業の参画が見込まれています。

そもそも生物多様性とは?壊れていく生物多様性―今何が起こっている?

「生物多様性」を課題とするTNFDですが、そもそも生物多様性とは何なのでしょうか。生物多様性とは、地球の生き物のにぎわい、複雑で多様な生態系そのものを示す言葉で、40億年の長い歴史の中で生き物が環境に適応し作り上げてきたものです。普段の生活の中では気づきにくいですが、生物多様性は日常的に食べている野菜や魚をはじめ、紙や建材のもとになる木材、水や大気、エネルギーなど、さまざまな資源を営むために重要な存在となっています。地球の気温や気候を安定させる役割や、災害を防ぐ役割も果たしています。人の命を救うことにもつながっており、医薬品の成分には5万~7万種もの植物からもたらされた物質が貢献しています(※5)。

森林伐採や地球温暖化などにより生物多様性が失われると、洪水、干ばつ、食物の不作、不漁や気候変動の悪化、新薬の研究開発の遅れなど、あらゆる方面で影響が及びます。さらに、生態系は絶妙なバランスで成り立っているので、一度壊すと人の力では完全に元に戻すことはできません。しかし現在、気候変動や森林伐採など人間の活動の影響によって、世界各地で生物多様性が急速に失われています。地球上の種が絶滅していくスピードは自然状態の約100~1,000倍にも達しているそうです(※6)。

こうした状況に、国際社会が手をこまねいているわけではありません。2021年のG7サミットでは「社会経済の基盤にあるのはネイチャー(自然資本)である」という考えのもと、2030年までに自然回復を増やすネイチャー・ポジティブを目指すことが国際目標(2030年自然協約)になりました。そして、企業活動を行いながら生物多様性を保全していくことを目指すTNFDの枠組みが作られたのです。

Nature Positive by 2030 グラフ

TNFDにみる自然環境と企業活動の可視化

企業は、TNFDを通じた情報開示をどのように行えばよいのでしょうか?以下、「枠組み」と「開示方法」の項目ごとに紹介します。

枠組み

気候変動対策を対象としたTCFDと同様に、TNFDでも4つの主要分野(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)を採用しています。ただ、気候変動を引き起こす温室効果ガスの排出とは異なり、生物多様性のリスクと機会は、企業活動のあらゆる場面で発生する可能性があるため、TNFDでは課題の発生場面と範囲をより広く、多様にしています。そのため、TNFDでは事業活動だけでなく、人事や労務などの業務(支援活動)も情報開示の対象にしています(※7)。

開示方法

開示方法は「LEAPアプローチ」という方法を採用しています。これは、自社と自然の関連性を見つける「Locate(発見)」から始まり、関係を読み解く「Evaluate(診断)」を経て、リスクと機会を「Assess(評価)」し、対応策を整える「Prepare(準備)」という流れをくんで、課題に対処していく方法です。具体的には以下のような方法が考えられます(※7)。

  • リスク対応:具体的な数値データなどを参考にしながら、サプライチェーンでの生物多様性の破壊のリスクを見つけて具体策を立案、対処し、その情報を開示する。

  • 機会創出:自社事業の中で、事業を進めれば進めるほど自然環境にプラスの影響を生み出すことができる「ネイチャー・ポジティブ」の機会を見つけ、その事業の発展を目指す。その情報を開示する。

TNFDに対する企業の取り組みは?

気候変動対策で先進的な取り組みを進めてきた企業を中心に、TNFDへの対応が急ピッチで進められています。

世界での取り組み

国連の「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、TNFD開示を推奨しています。これを受けて世界中の企業で取り組みが広まっています。特に、専門知識を提供するステークホルダーとしてTNFDをサポートする「TNFDフォーラム」の参加企業・組織は1,000を超え(2023年10月現在)、積極的にTNFDに沿った情報開示を進めています(※8)。

TNFDフォーラム参加企業・組織(一部抜粋)

◾️海外(※9):バンク・オブ・アメリカ、ネスレ、シェル、マクドナルド、グラクソ・スミスクライン(GSK)、H&M、シャネル、国際自然保護連合(IUCN)、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)オランダ政府

◾️日本国内:環境省、キリンホールディングス株式会社、本田技研工業株式会社、株式会社NTTデータ、パナソニックホールディングス株式会社、清水建設株式会社、アセットマネジメントOne株式会社

海外企業の情報開示としては、2023年9月にオーストラリアで林業を営むforico社がTCFDとTNFDの手法を統合した統合報告書を公開しています。TNFDはこの取り組みを「企業が生物多様性報告のさらなる発展に向けた進め方を示す一例」と評価しています(※10)。

日本での取り組み

日本でもTNFDは重要課題となっており、政府が発表した「生物多様性国家戦略2023-2030」では企業のTNFD開示を推奨しています。

日本国内での事例としては、ネイチャー・ポジティブ型の経営を目指しているキリンホールディングス株式会社が、2022年にTNFDの枠組みの試作版に従った情報開示を世界で初めて試行しました。事業を通じた取り組みでは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の協力を得ながら「シャトー・メルシャン椀子ヴィンヤード」(長野県上田市)をはじめとしたワイン畑の生態系調査を実施してきました。ここでは環境省のレッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種を含む昆虫168種、植物288種が確認されています(※11)。

生物多様性を豊かにし、持続可能な社会の実現へ―企業ができることは?

気候変動が深刻化し、生物多様性が危機的状況にある今、生物多様性のために企業はどんなことができるのでしょうか?まずやるべきことは、TNFDの枠組みに沿った情報開示を進めることです。また、以下のような取り組みを実施していくことも重要です。

  • オフィスで使用する紙類を、FSC認証紙などの森林保全につながる紙にする

  • Docusign eSignatureなどの電子署名サービスを活用して紙の使用量を減らす

  • 工場やオフィスで再生可能エネルギーを使用する

  • サプライチェーンを監視し、森林破壊や海や河川の汚染につながる行為を防ぐ

  • 土壌汚染につながる農薬等を使用しない

また、自社事業を生物多様性とのつながりという物差しで再評価し、ネイチャー・ポジティブにつながる事業を強化していくことも重要です。

企業にとって、TNFDへの対処は社会的評価の獲得や企業価値の向上につながっていきます。自然資本が失われると事業活動を続けられない企業も多いため、TNFDへの対応は今後ますます重視されていくでしょう。

出典:

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