裁判IT化で何が変わるのか?変更点やメリット、現状の問題点を解説
2022年5月に成立した改正民事訴訟法に基づき、現在、裁判IT化(民事訴訟のIT化)が段階的に進められています。2026年5月までの完全施行が予定されていますが、裁判IT化によって何が変わるのでしょうか。本記事では、裁判IT化のメリットやスケジュール、現状の問題点などを解説していきます。
2022年5月18日に成立した改正民事訴訟法に基づき、現在、民事訴訟のIT化(裁判IT化)が段階的に進められています。2026年5月までの完全施行が予定されていますが、裁判IT化によって何が変わるのでしょうか。本記事では、裁判IT化による変更点やメリット、スケジュール、現状の問題点などを解説していきます。
裁判IT化とは?
「裁判IT化」は、民事訴訟のIT化とも言われ、民事訴訟手続きの利便性を向上させることを目的として、手続きのオンライン化や訴訟記録の電子化などを行う一連の法改正です。
裁判手続きのIT化は、アメリカをはじめとする欧米諸国ではすでに浸透しており、韓国・シンガポールなどのアジア諸国でも、近年、急速に進展・拡大しています。一方、日本における裁判手続きのIT化は海外に比べて遅れているといわれています。背景には、日本の民事訴訟は対面かつ紙ベースが原則であり、オンライン化・電子化は限定的にしか行われていない実状があります。
こうした状況を踏まえて、民事訴訟手続きの利便性を向上させるため、政府が設置した検討会では裁判IT化に関する検討が進められてきました(参考:裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―「3つのe」の実現に向けて―|裁判手続等のIT化検討会)。
そして、2022年5月18日、裁判のIT化を定める改正民事訴訟法が国会で可決・成立し、同月25日に公布されました。
裁判IT化のメリット
裁判IT化が実現・浸透すれば、次のようなメリットが期待できます。
①遠方からの訴訟参加の容易化
裁判期日にリモートで参加できるようになれば、遠方からの訴訟参加が容易になります。
②訴訟記録の閲覧・謄写の利便性向上
訴訟記録の閲覧・謄写がオンラインでできるようになれば、当事者の利便性が向上します。
③裁判所の事務負担の軽減
ペーパーレス化によって紙の書類を管理する必要がなくなるため、裁判所の事務負担が軽減され、労働環境の改善や経費節減につながります。
④民事訴訟における審理の充実
移動時間の削減などによって代理人弁護士の忙しさが緩和されれば、民事訴訟に向けた準備の時間をより多く確保できるようになり、いっそう充実した審理が期待できます。
いつから始まる?裁判IT化の進捗状況
裁判IT化については、これまで部分的な進捗が見られますが、まだ十分に浸透してはいない状況です。2026年5月までに予定されている完全施行に向けて、変更点の周知などが行われていくでしょう。
裁判IT化に関する現状
民事訴訟手続きへのオンライン参加については、従来から「書面による準備手続」の枠内で、争点整理(※1)に限って実施されていました。2023年3月1日には、裁判IT化に関する改正民事訴訟法の一部が施行され、弁論準備手続および和解期日について、当事者双方がオンライン参加での実施が認められました。
その一方で、民事訴訟のメインである口頭弁論(※2)については、現時点でオンライン参加が認められておらず、改正民事訴訟法の施行を待っている状況です。
また、書面の電子提出については、2022年4月から「民事裁判書類電子提出システム(mints)」の運用が開始され、現在ではすべての高等裁判所・地方裁判所(支部を含む)にて運用されています(参考:民事裁判書類電子提出システム(mints)について|裁判所)。
ただし実務上は、mintsを利用した書面提出は十分に浸透しておらず、依然として紙の書面が提出されるケースが多いようです。
裁判IT化に関する改正民事訴訟法の施行時期
裁判IT化に関する改正民事訴訟法は、以下のスケジュールによる施行が予定されています。
<2023年3月1日に施行済み>
弁論準備手続の完全オンライン実施
和解期日の完全オンライン実施
<2024年5月までに施行予定>
口頭弁論のオンライン実施
<2026年5月までに施行予定>
オンラインでの訴状提出
訴訟記録のオンラインでの閲覧、複写 など
裁判IT化によってできるようになること
裁判IT化により、民事訴訟手続きが以下について変更されます。
弁論準備手続・和解期日が完全オンラインで実施できるようになる<施行済み>
口頭弁論がオンラインで実施できるようになる
オンラインでの訴状提出が認められる
訴訟記録の閲覧・複写がオンラインでできるようになる
その他(審尋などの手続きがオンラインで実施できるようになる)
弁論準備手続・和解期日が完全オンラインで実施できるようになる<施行済み>
「弁論準備手続」とは、民事訴訟における争点および証拠の整理を行う手続きです。「和解期日」とは、裁判所が民事訴訟の当事者間に対して和解を提案した場合に、和解の可能性の検討や和解案の調整などを行う期日です。
弁論準備手続と和解期日は、いずれも非公開で行われます。2023年3月1日に施行された改正民事訴訟法の規定により、弁論準備手続と和解期日の完全オンライン実施が認められました(現行民事訴訟法170条3項、89条2項)。
口頭弁論がオンラインで実施できるようになる
公開法廷において当事者が主張・立証を行う「口頭弁論」は、現在、オンラインでの実施が認められておらず、当事者は裁判所に出廷する必要があります(現行民事訴訟法87条1項)。2024年5月までに施行される改正民事訴訟法の規定により、新たにWeb会議による口頭弁論の実施が認められる予定です(改正民事訴訟法87条の2第1項)。
オンラインでの訴状提出が認められる
現在、訴訟を提起する際に提出する「訴状」は、紙の書類での提出が必須とされています(現行民事訴訟法133条1項)。2026年5月までに施行される改正民事訴訟法の規定により、新たに訴状のオンライン提出が認められる予定です(改正民事訴訟法132条の10)。なお、弁護士が訴訟代理人として民事訴訟を提起する場合は、改正民事訴訟法の施行以降、必ず訴状をオンラインで提出しなければなりません(同法132条の11第1項第1号)。
訴訟記録の閲覧・複写がオンラインでできるようになる
裁判所が保管している訴訟記録(訴状・答弁書・準備書面など)は、当事者による閲覧・謄写が認められていますが(現行民事訴訟法91条3項)、裁判所に足を運んで手続きを行わなければなりません。
2026年5月までに施行される改正民事訴訟法の規定により、新たにオンライン上で訴訟記録の閲覧・謄写ができるようになる予定です(改正民事訴訟法91条の2)。また、判決書のオンライン上での閲覧や、電子判決書のオンライン送達も新たに認められます(同法252条、252条1項、2項)。
その他
上記のほか、2026年5月までに施行される改正民事訴訟法の規定により、以下の手続きもオンラインでの実施が可能となります。
審尋(改正民事訴訟法87条の2第2項)
口頭弁論における通訳(同法154条2項)
裁判所外で行われる証拠調べ(同法185条3項) など
セキュリティ面で指摘される裁判IT化の問題点
裁判IT化の問題点としては、主に情報セキュリティの問題が指摘されています。例えば、書面提出時の誤送信やなりすまし、裁判所のデータベースへのハッキングなどが懸念されています。
また、不慣れな裁判IT化の対応を弁護士が敬遠する可能性も指摘されています。2026年5月までに、訴訟代理人である弁護士には訴状の電子提出が義務付けられる予定です。その一方で、口頭弁論などの手続きについては、当事者の意見を聴いてオンライン実施の可否を判断するものとされており、一方の当事者が拒否すれば対面実施となる可能性が高いと考えられます。
裁判IT化をスムーズに浸透させるためには、当事者(弁護士)および裁判所の双方における十分な情報セキュリティ対策や、新制度へ積極的に対応しようとする弁護士の姿勢などが求められます。
まとめ
民事訴訟手続きについても抜本的なIT化が予定されているように、IT化はあらゆる社会や事業領域において目覚ましい進展を遂げています。企業が取り組むDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進と同じように、裁判IT化もより一層進んでいくのではないでしょうか。
注釈:
※1 争点整理:原告・被告が準備書面という書類を提出し、相手方の主張に対して認否や反論、主張を繰り返して争点を絞っていく手続き
※2 口頭弁論:裁判所の公開法廷にて主張・立証を行う手続き
ゆら総合法律事務所・代表弁護士(埼玉弁護士会所属)。1990年11月1日生、東京大学法学部卒業・同法科大学院修了。弁護士登録後、西村あさひ法律事務所入所。不動産ファイナンス(流動化・REITなど)・証券化取引・金融規制等のファイナンス関連業務を専門的に取り扱う。民法改正・個人情報保護法関連・その他一般企業法務への対応多数。同事務所退職後、外資系金融機関法務部にて、プライベートバンキング・キャピタルマーケット・ファンド・デリバティブ取引などについてリーガル面からのサポートを担当した。2020年11月より現職。一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。弁護士業務と並行して、法律に関する解説記事を各種メディアに寄稿中。