意外と知られていない「契約書の甲乙」。よくある疑問に一挙回答!
契約当事者を「甲」「乙」などと表記すると、長い名称を省略することができます。契約書における甲乙について、使い方などの基礎知識を解説するとともに、よくある疑問に回答します。
契約書において、契約当事者を「甲」「乙」などと表記することがあります。長い名称を省略できて、繰り返し記載する必要がなくなる点が最大のメリットです。本記事では、契約書における「甲」「乙」について、使い方などの基礎知識を解説するとともに、よくある質問にお答えしていきます。
契約書の「甲」「乙」の基礎知識
契約書では、当事者を「甲」「乙」と表記することがあります。読み方はそれぞれ「こう」「おつ」です。具体的にどのように用いられるのでしょうか。
契約書における甲乙の定義例
例えば、契約書の冒頭において以下のような形で「甲」「乙」を定義します。
例:○○(以下「甲」という。)と××(以下「乙」という。)は、△年△月△日付で、以下のとおり□□契約を締結した。
上記のように定義した後、契約書の本文では各当事者を「甲」「乙」と表記します。
甲乙の由来とは?契約書では優劣はない点がポイント
「甲」「乙」の由来は、古代中国における「十干(じっかん)」です。十干において、甲は1つ目の要素、乙は2つ目の要素にあたります。日本語の「甲乙つけ難い」などの言葉に現れているように、元来は甲が優れていて、乙が劣っているという意味を含んでいます。
しかし、契約書においては甲乙の間に優劣はなく、対等な当事者として取り扱われます。当事者のうち、どちらを甲(乙)としても構いません。
契約書で甲乙を用いるメリットとデメリット
契約書において甲乙を用いることには、メリットとデメリットの両面があります。ただし、契約書に慣れている人にとってはメリットの方が大きいでしょう。
契約書で甲乙を用いるメリット
契約書において、甲乙を用いることの最大のメリットは、長い名称を繰り返し記載しなくてよい点です。例えば、「株式会社いろはにほへとちりぬるを」という架空の会社が契約当事者になるケースを考えます。
甲乙などの呼称を用いない場合は、
「株式会社いろはにほへとちりぬるをは……しなければならない」 「(相手方)は株式会社いろはにほへとちりぬるをに対し……」
などと、契約書の中で長い名称を何度も記載しなければなりません。
「株式会社いろはにほへとちりぬるを」を「甲」、相手方を「乙」と定義しておけば、
「甲は……しなければならない」 「乙は甲に対し……」
というように、契約書の内容が明解になります。当事者の名称がここまで長くなくても、甲乙を用いることにより、契約書はかなり読みやすくなるでしょう。
契約書で甲乙を用いるデメリット
契約書において「甲乙」を用いることのデメリットは、甲乙を取り違えやすい点が挙げられます。特に契約書に慣れていない方は、読み進めていくうちに、どちらが甲でどちらが乙なのか混乱してしまうかもしれません。
読む人にとって分かりやすくする観点では、「甲乙」ではなく別の呼称を用いることも考えられます。例えば、当事者の氏名や名称の一部、契約上の立場(売主・買主など)などを用いれば、どちらの当事者を指しているのか分かりやすいでしょう。
契約書に甲乙を用いる際の注意点
契約書に甲乙を用いる場合、両者が入れ替わってしまわないように注意しましょう。例えば、売買契約書において「甲=売主、乙=買主」と定義したのに、一部の条文で買主が甲(売主が乙)と記載されていると、契約内容が不明確になってしまいます。
このようなことがないように、甲乙がそれぞれ正しい当事者を表しているかどうか、契約書全体を締結前にチェックしましょう。
契約書の甲乙でよくある疑問に回答
それでは、契約書で用いられる甲乙について、よくある疑問にそれぞれ回答していきます。
甲乙の優劣や順番に決まりはあるの?
契約当事者が三者以上いる場合は?
契約書に甲乙以外を用いるケースはあるの?
契約書が英語の場合はどう表現するの?
甲乙の優劣や順番に決まりはあるの?
契約書においては、「甲」と「乙」の間に優劣はありません。したがって、契約当事者のうちどちらを甲(乙)としても構いません。各事業者の契約書のひな形においては、以下のように甲乙の順番を決めている例が見られます。
民法の条文に記載されている順番に従って決める (例)売買契約なら「甲=売主、乙=買主」、賃貸借契約なら「甲=貸主、乙=借主」など
契約書のドラフトをどちらが作成するかによって決める(自社ひな形では、相手方を甲とするケースが多い) (例)自社が契約書のドラフトを作成する場合は「甲=相手方、乙=自社」
契約当事者が三者以上いる場合は?
契約書においては、当事者が三者以上いることもあります。その場合は「甲乙丙丁戊……」などと、各当事者に呼称を割り当てます。
契約書に甲乙以外を用いるケースはあるの?
甲乙は便宜上の呼称に過ぎないため、別の呼称を用いても構いません。例えば、以下のような呼称を用いるケースがあります。
当事者の略称を用いる (例)ドラゴン株式会社(以下「ドラゴン」という。)とタイガー株式会社(以下「タイガー」という。)は、△年△月△日付で、以下のとおり□□契約を締結した。
契約上の立場を用いる (例1)ドラゴン株式会社(以下「売主」という。)とタイガー株式会社(以下「買主」という。)は、△年△月△日付で、以下のとおり□□契約を締結した。 (例2)ドラゴン株式会社(以下「貸主」という。)とタイガー株式会社(以下「借主」という。)は、△年△月△日付で、以下のとおり□□契約を締結した。
契約書が英語の場合はどう表現するの?
英文の契約書でも、当事者を表すための短い呼称を割り当てるのが一般的です。多くの場合、契約上の立場に応じた呼称を定義した上で用います。
(例1)This Sale and Purchase Agreement (this “Agreement”) is hereby entered into on the 15th day of December 2024 by [売主の名称] (“Seller”) and [買主の名称] (“Purchaser”). 訳:この売買契約書は、2024年12月15日付で、○○(Seller=売主)と△△(Purchaser=買主)の間で締結された。
(例2)This Lease Agreement (this “Agreement”) is hereby entered into on the 15th day of December 2024 by [貸主の名称] (“Lessor”) and [借主の名称] (“Lessee”). 訳:この賃貸借契約書は、2024年12月15日付で、○○(Lessor=貸主)と△△(Lessee=借主)の間で締結された。
契約書は読みやすく、契約内容が明確な書き方を心がけよう
これまで見てきたように、契約書で甲乙を用いると、当事者の長い名称を繰り返し記載する必要がなくなり、契約書が読みやすくなります。
その一方で、甲乙が途中で入れ替わってしまうと契約内容が不明確になるおそれもあります。当事者が正しく表記されているかどうか、契約書全体をきちんと確認することが大切です。 また、甲乙ではどちらの当事者を指しているか一見して分かりにくいので、「売主・買主」や「貸主・借主」など、契約上の立場を呼称として用いることも考えられます。
「甲乙」を用いる場合も、別の呼称を用いる場合も、契約書が読みやすく、かつ契約内容が明確となるような書き方を心がけましょう。
ゆら総合法律事務所・代表弁護士(埼玉弁護士会所属)。1990年11月1日生、東京大学法学部卒業・同法科大学院修了。弁護士登録後、西村あさひ法律事務所入所。不動産ファイナンス(流動化・REITなど)・証券化取引・金融規制等のファイナンス関連業務を専門的に取り扱う。民法改正・個人情報保護法関連・その他一般企業法務への対応多数。同事務所退職後、外資系金融機関法務部にて、プライベートバンキング・キャピタルマーケット・ファンド・デリバティブ取引などについてリーガル面からのサポートを担当した。2020年11月より現職。一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。弁護士業務と並行して、法律に関する解説記事を各種メディアに寄稿中。